高合金工具鋼の経時寸法変化と“サブゼロ処理(深冷処理)”

概要

炭素含有量が多い高合金工具鋼では、高温焼戻し後に経時寸法変化を生じることが知られている。これは焼戻し後、マルテンサイト組織に変態できなかった不安定な残留オーステナイト(γR)が室温中で徐々にマルテンサイトへ変態するときの膨張により生じる変形である。経時寸法変化を防止するには以下の二種類の方法がある。

  1. (1)不安定なγRを安定化し室温下でマルテンサイト変態を防止する。
    これが経時寸法変化阻止に繋がる。具体的な手法は、おおよそ250℃から450℃の間で加熱保持を行い、不安定なγRを安定化させる方法である。一般的には、400℃近傍の処理温度を用いることが多い。

  2. (2)焼入れ後にサブゼロ処理・高温焼戻しを反復することで、γR量をできるだけ低減する。
    γR量が減少することで、マルテンサイト変態を生じる量も減り結果的に寸法の変化も減少する。



サブゼロ処理

サブゼロ処理とは文字どおり0℃以下の処理を言う。処理は焼入れ直後に行い、サブゼロ処理後に焼戻しを行う。一般的には、これを複数回繰返す。
旧来は、処理温度をドライアイスの温度である-79℃近傍の-60℃程度で処理を行っていた。近年は、真空炉が多用されるようになった関係から焼入れに液体窒素(-196℃)を使用する例が増えた。そのためサブゼロ処理も-150℃近傍で行うことが多くなった。
XRD(X線回折装置)により液体窒素のサブゼロ処理を施したワークを測定するとγRの半価幅が大きくなり、結晶が不安定になっていることが確認できる。その後に高温焼戻しを施すとマルテンサイト変態することも分かる。

これらの様子はXRD(X線回折装置)により簡単に測定することが出来る。焼入れ後の長時間放置、また焼戻しを行うとγRが安定化しマルテンサイトへの変態を起こし難くなるため手順には注意が必要である。 液体窒素を用いたサブゼロ処理の欠点は、納期と熱処理コストの上昇である。


(文責 木村栄治)
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