・・・SKD11とSKD61は何が違う?・・・

1.はじめに

 金型が使用時に有しなければならない特性として、冷間金型用鋼では硬さ600HV以上、衝撃値5J/cm2以上および非常に高い耐摩耗性が要求されています。一方、熱間金型用鋼では硬さ350HV以上、衝撃値50J/cm2以上の要求により耐衝撃性、高い高温強度、耐ヒートチェック(ヒートクラックとも言う)性に加えて耐摩耗性が要求されています。
 冷間金型用鋼および熱間金型用鋼の汎用鋼種はSKD11およびSKD61です。下表に示すとおり両者には含有化学成分に大きな開きがあります。
 含有成分の多寡はマトリックス(基地、素地とも言う)、一次炭化物、二次炭化物などの金属組織に、どのような影響を与えるのでしょうか?
 今回は含有成分値から観た冷間用および熱間用金型の特性について解説します。


2.SKD11の金属組織と特性

 冷間金型用鋼に使用するSKD11の一番の目的は耐磨耗性の向上です。耐磨耗性を出現させる金属組織はマルテンサイトを基地とした炭化物です。C(炭素)含有量は1.5%と合金工具鋼の中でも跳び抜けて高い値を示す分類に入ります。そのため1020~1030℃の焼入れ後に180℃の低温焼戻しを行うと硬さは約700HV以上、衝撃値10J/cm2以上の値を示します。

C(炭素)原子はフェライト中に侵入し、焼入れ組織であるマルテンサイトを生成するだけでなく、他の金属と結び付き非常に硬い炭化物となります。例えば、Fe(鉄)原子と結び付くとFe3C(セメンタイト)となりビッカース硬さ(HV)で約1200以上の硬さとなります。SKD11ではCr(クロム)、Mo(モリブデン)およびV(バナジウム)が添加されていて、それぞれがFe3C(セメンタイト)以上の硬さを有する炭化物を生成します。特にVC(炭化バナジウム)は2500HV以上と非常に高い硬さを示すと共に結晶粒の微細化に貢献します。
 また、Cr(クロム)も12%程度添加されているので焼入れ後に大きい結晶粒の一次炭化物であるCr7C3(炭化クロム)が析出します。この炭化クロムには多種類の組成がありCr23C6、Cr3Cなども析出し耐摩耗性の向上に大きく寄与します。
 そのほかMo(モリブデン)はC(炭素)と結び付くことにより炭化モリブデンのMo2CおよびMoCを析出します。これらの結晶構造は稠密六方晶(ちゅうみつろっぽうしょう)と言うダイヤモンドと同じ構造を示し安定で非常に硬い炭化物となります。さらに高温下での強度低下防止にも寄与します。

 1.5%Cと言う高い含有は、残留オーステナイト(γR)の析出に繋がります。このγRを室温に放置すると1か月、2か月などの長い期間でオーステナイトの面心立方格子がマルテンサイトの体心立方格子へと変態します。体積についての言及は避けますが、残留オーステナイト1個の結晶格子からマルテンサイト2個の結晶格子ができ膨張が生じます。この膨張が徐々に生じることを経時寸法変化と言います。金型を数か月間使用している間に変寸する、割れるなどの主因がこれに当たります。

 高炭素を含有している高合金工具鋼は焼入れ後に低温焼戻し、もしくは高温焼戻しを施します。経時寸法変化は低温焼戻しでは生じにくいのですが、高温焼戻しでは生じやすくなります。
 経時寸法変化および残留オーステナイトに関する情報を得るには、XRD(X線回折装置)を用いた測定が有効です。





3.SKD61の金属組織と特性

 熱間金型用鋼を使用する時に一番気になることは、加熱・冷却(膨張と収縮)の繰り返しに起因する割れ“ヒートチェック”と言われる現象です。一般的に、この防止には低炭素化が有効であるとされていて、そのために“工具鋼”と呼ばれる鋼種に分類されるにも拘らず炭素量は低めに抑えられています。
 また、ヒートチェックと言う大きな現象に隠れてほとんど議論されることは無いのですが、熱間金型用鋼には冷間金型用鋼よりも多めのSi(シリコン)、Mo(モリブデン)およびV(バナジウム)が添加されています。

 1020~1030℃で焼入れされたSKD61はマルテンサイトと炭化物の組織となります。ただし、粗大な結晶粒である一次炭化物は殆んど析出しません。さらに570℃近傍で焼戻しを行うと二次硬化のピークを過ぎたソルバイトの基地とM6C、MC(Mは金属、Cは炭素)などの微細な二次炭化物が析出します。この炭化物は、焼戻し温度を高くするとさらなる析出を生じることが分かっています。
 二回目の高温焼戻しを行うとマルテンサイトからさらにC(炭素)が放出されて再び微細な炭化物が析出します。これは基地自体が低炭素化し、高温でも安定したSi(シリコン)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)およびV(バナジウム)の二次炭化物が析出することを意味します。
 焼戻し時に析出する二次炭化物は高温強度および軟化抵抗の向上に寄与しますが、衝撃値が低下し鍛造用の金型では寿命が短くなる欠点が現れます。この金属組織のバランスが使用目的に合わせた熱処理方法を選択するポイントになります。

 熱間金型の使用温度である250℃以上で長時間保持するとマルテンサイトおよびFe3Cは徐々にフェライト(純鉄)および黒鉛へと分離します。フェライトは軟らかく、黒鉛は脆い(もろい)という特性があります。この黒鉛が出現すると、もはや金型としての役割は果たせなくなります。

 SKD61は、焼入れ・高温焼戻し処理中に広い温度領域で炭化物を析出させるため、多種類の添加成分を加え、広い温度範囲で多様な炭化物を析出させて高温下で分解しやすいFe3C(セメンタイト)およびマルテンサイトの析出を抑えようとしています。
Si(シリコン)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)およびV(バナジウム)が添加されている理由は以下のとおりです。
多めのSi(シリコン)の添加は鍛造での繰り返し応力に対して、“耐へたり性”の向上を生み出します。ただし規定値の範囲内であっても高めであると二次硬化時における焼戻し脆性に悪影響を与えます。
Mo(モリブデン)は、焼戻し脆性を防止する効果があり、V(バナジウム)の添加は、結晶粒微細化作用があるものの過剰な添加は焼入れ性および微細化を阻害する因子となります。





4.まとめ

冷間金型用鋼では、Cr(クロム)の多量添加が目立ちます。熱間金型用鋼でもCr(クロム)は高温下での酸化に対して強い耐性を持ちます。そして、表面に酸化皮膜を形成して鋼材を保護する機能も併せ持ちます。その意味からCr(クロム)は、冷間用金型および熱間用金型において欠かすことができない安価な添加成分であるといえます。
 
 SKD11は耐摩耗性を一番重視するためにC(炭素)量を集中的に多くして非常に硬いCr(クロム)炭化物の析出を促します。
 SKD61は耐摩耗性に加え、使用温度領域が広いので一つだけの炭化物に耐摩耗性の多くを依存させることはできません。そのため、広い温度領域で炭化物が容易に分解されないように多種類を析出させ多様な温度下で耐熱性を発揮させます。
また耐ヒートチェック性を高めるために、基地の炭素濃度を下げる必要があります。低炭素の基地に多種類の金属炭化物を微細に分散させた金属組織が高温での使用に適した素材であると言えます。

(文責 木村栄治 元東京大学先端科学技術研究センター)

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