焼入れ方法においてJIS(日本産業規格)の記述と実際はなぜ違うのか?
・・・現場では油冷、JISでは水冷?・・・

概要

S40Cの焼入れで、JISの「焼入れ水冷」の記述を参考に水冷したら割れてしまった!?
・・・熱処理の初心者が経験する出来事です。なぜ、割れるのでしょうか?

 なぜ、割れるのでしょうか? JISに記載された熱処理後の硬さデータは、φ25mm供試材(試験片)寸法に対する処理方法であり、硬さの測定のみを追求した手法です。ですから“割れる”事象に関しては全く考慮されていません。加えて、製造現場で処理されるワークの寸法と供試材寸法は大きく異なります。

 水冷は急激な冷却となり割れが生じやすくオシャカの山を築いてしまいます。そのため製造現場では水よりも冷却速度が遅い油冷を多用し割れを防いでいます。

 なお、JISの規定では熱処理を行うためにワークから供試材を採取します。供試材に熱処理を施し、引張試験などの機械試験を行うために機械加工を行ったものを試験片と言います。



すなわち、ワーク ⇒ 供試材採取 ⇒ 熱処理 ⇒ 試験片採取の順となります。
今回は、JISに記載された供試材寸法について記します。



1.JISから読み取ることができる熱処理用の供試材寸法とは

  1. 1-1  過去の「鋼材の検査通則」から
    「JIS G0303-2000鋼材の検査通則(2010廃止)」とそれを引き継いだ「JIS G0404-2014鋼材の一般受渡し条件」には、標準供試材の大きさとしては“直径25㎜”の記述と“対辺距離または厚さが25mm以下の場合は、そのまま標準供試材とする”の記述があります。
    それゆえ、一般的な熱処理を行う供試材寸法は、“直径25㎜”が妥当です。

  2. 1-2 S40Cなど機械構造用炭素鋼の場合
    S40Cの焼入れ温度と冷却方法を知りたいときに参考にする本は、「JISハンドブック鉄鋼Ⅰ」のJIS G4051です。
    具体的な温度と冷却方法は2005年版までの「JIS G4051機械構造用炭素鋼」であれば、G4051記載の最後に記されています。2009年版以降であればハンドブック鉄鋼Ⅰの巻末にある「参考」に掲載しています。
    そして、その内容は、“日本鉄鋼協会編「鋼の熱処理」(1957)”を参考にしたものです。そこには、S40Cであれば「焼入れ830~880水冷」とし、有効直径35mmとは記されているものの、残念ながらデータを導出した試験片の大きさなどは記されていません。
    そのため実験用の供試材寸法は、「JIS G0404-2014鋼材の一般受渡し条件」を参考にした“直径25㎜”が適当であると考えられます。

  3. 1-3 SK85などの炭素工具鋼の場合
    SK85などの炭素工具鋼ではどうでしょうか? 「JIS G4401-1983炭素工具鋼鋼材」には、焼入焼戻し硬さ試験の供試材の取り方を規定していて、「約15mm角又は丸、長さ約20mm」の記載があります。しかし、現在の「JIS G4401-2009炭素工具鋼鋼材」には、その記述がありません。
    そのため今日では、炭素工具鋼へ熱処理を行う場合の供試材寸法の規定はないのですが、過去のデータと比較し参考にするため“約15mm角又は丸、長さ約20mm”が妥当であろうと考えられます。



2.JISとの整合性を持った実験方法

新規実験においては過去のデータと比較することが一般的です。それを考慮すると、工具鋼ではφ15×20mmもしくは□15×20mm寸法を、構造用鋼ではφ25㎜寸法を熱処理する方法をお勧めします。
これにより、生産現場でワークを熱処理して機械試験のデータを導出し、JISに記載された数値と大きく異なった場合でも、供試材の寸法が異なることを理解していれば「“参考”までに比較する。」と考えることができます。


(文責 木村栄治)
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